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2017年6月4日日曜日

やまねこ通信385号:ブルーベリーの苗を植えそこなった日

@@@やまねこ通信385号@@@

ブルーベリーの苗を植えそこなった日

こり:鹿が来るよね。頻繁だね。
   ブルーベリーの苗買うのどうした?

やまねこ:そうなの。去年から買うつもりでいたの。
          肥料だけ早めにもらったから。
      今日は、草刈機で庭の片付けをしようと思
         ったけど、機械が動かないから、ブルーベリ
     ーの話を書こうかな。

やまねこの棲家の庭に鹿が週一度は現れる。今のところ
食われて困るものはない。生い茂る草をどんどん食べて
ねとの心境。

先日、農協が経営する農業用の大規模店舗に行ってきた。
草むしりする時、トゲにも強いゴム張り手袋を買うつも
りだった。着いてみると、駐車場の近くには野菜の苗、
花の苗がぞろり並んでいる。

ふと思い出した。去年の秋の半ばだったか、ご近所から、
ひと袋の燐酸肥料をいただいた。ブルーベリーを植える
といいと。あとは苗を買うばかりだったのだ。

売り場に行くと、幾つか種類かあるようだ。尋ねてみた。
新しい種類の苗を植えると、500円玉くらいの実がな
るという。
「へえ~!」
後先を考えず、古い品種一本、新しい品種一本を台車に
載せてレジに向かう。

ふと思い出した。鹿に食われるかもしれない。
その日から、鹿が敵になる。
こう思って店の人に尋ねる。奥の方に、緑色した細い棒
が高いのから低いのまで揃っている。
「これを土に差し込んで、向こうにある網を巻きつける
といいんです」。
なるほどね・・・

その時である。ご近所の友人ちづこさんが現れた。なん
というタイミングか!
ちづこさんは今では、庭仕事が三度の飯より大好き。毎
日庭ですごす時間が無上の喜びのひと。

ちづこさんの敵は鹿である。宝物を幾度も食い荒らされ
涙を流たあげく、2年ほど前に決意した。
大切な花や植木を守るため、敷地をぐるり、金網で覆い
尽くす工事をしたのだ。

ブルーベリーを植えることをちづこさんに相談。
「でも、鹿に食われるよね。まるごと覆うようにしなく
ては・・・」
「そうなの。棒を立てて網で囲うの、力仕事だよ。大変
よ・・・」

ちづこさんのこれまでの苦労話を思い出す。
さんざんの気苦労、力仕事、大工さんへの注文、工事の
不十分の話を聞いてきた。

「今のうちに止めるかな」
「止めるのは、大事なことよ」

これで決まりだった。植物を植えるのはいいけれど、次
には鹿を敵に回しての抗争が始まるのだ。

結局この日は、台車に乗せたブルーベリー二株を、すご
すご別のレジまで押して運び、庭仕事用の緑色した手袋
を買ったばかりだった。

▲モーター仕掛けの草刈機がやまねこの棲家にある。近
所の別荘に年数回訪れた庭仕事大好きな友人が、2軒で
シェアすることを提案。電動ノコギリと草刈機を割り勘
で購入した。5年ばかり前のことである。

やまねこは数年前、一度使ったきり、その後ベランダに
寝かせてあった。友人がその後別荘を手放したので、今
では、やまねこの所有物になっている。

今日は、朝から大決心。燃料を注ぎ、ボタンをおして紐
を引っ張り、ぶるるる~と音がすることを期待した。と
ころが、思うようにゆかない。

でもいいのだ。あとでよしこさんのお連合いきさぶろう
さんに訊ねることにしよう。

やまねこの棲家の庭は、大地と対話しながらの作業が大
好きなひさえさんの目には、宝の山であるという。

フキ、ワラビ、イタドリ、地梨、野生ミツバ、それにヨ
モギが一面に。

以前はジゴボウと呼ばれるキノコが、たくさん生えた。
9月10月である。
けれど、原発事故以後、取らないようにした。

2年前にカラマツ、アカマツ、クヌギを何本も伐採して
日当たりを良くし、駐車場を広げた。
ジゴボウが生えていたカラマツの群れもこの時、伐採し
たのだった。

こり:鹿が敵にならなくて良かったけど。ブルーベリー
   は残念だよね。

やまねこ:鹿の背丈が届かない樹木だといいかもしれな
   い。木になる実があれば。 



こりでした。
うらおもて・やまねこでした。





2017年5月22日月曜日

やまねこ通信384号:いのちの値段が違う!「人権格差社会」

@@@やまねこ通信384号@@@

いのちの値段が違う!年収2700万以上の国会議員と300万円に満たない勤労者たちの「人権格差社会」

衆院法務委員会は、「共謀罪」を採決を強行した
自民・公明・維新の会の賛成多数である。

驚いたことに、採決に向けての演説をぶった若い
議員維新の会丸山穂高は、法務委員会のメンバー
ではなかった。法務委員会で何が議論されてるか
を知らぬ者が、中途入室した。
こんなデタラメがどうして許されるの?

維新の会の丸山穂高なる男は、英雄気取りだった。
こんなタイプの男たちは、軍旗を振りかざして若
者を戦争に駆り出したくてウズウズしている!自
分ばかりは、特権的立場にあって、いのちを晒す
ことはないと信じ込んでいる。

どうしてこんな者たちが偉そうに歩き回る社会が
生れたのだろう?

▲昨日522日、「戦争をさせない1000人委員
会すわ」のイベントがありました。五月晴れの週
末にもかかわらず、30人ばかりの参加者が熱心
に耳を傾けました。

治安維持法の再来、共謀罪についてまゆみさん。
まゆみさんは模造紙2枚に多数の犯罪を書き出し、
法務大臣が答弁に苦しんだわけのわからぬ共謀罪の
かかえる怪しさを詳しく解説しました。

けいこさんは、教育勅語について。現代語訳は政治
的立場が露骨に出ていることを証言。
「一旦緩急あれは、義勇公に奉仕し以て天壌無窮の
皇運を扶翼すへし」。つまり、「戦争になったら、
いのちを投げ打って天皇を守るんだぞ」の箇所を抜
かしたりぼやかしたりした現代語訳もあるとのこと
を語りました。神社本庁のお膝元、明治神宮のHP
どがこうなんだとか。へえ、知らなかったね。

▲やまねこはこの日は、ファシリテーター。
皆さんに質問を促しながら自分でも語る。それがつ
い延長戦に・・・運営側の皆様のやきもきに
m(_ _)m

▲やまねこが最も伝えたかったこと。
幾つものことが「閣議決定」されている。その顔ぶ
れっていったい何者ということ。

答えは、「日本会議」と「創価学会」なのです。
メディアでは、首相に近い保守派人脈と婉曲にぼか
しています。けれど、その名は「日本会議」。
極右団体です。

やまねこは(「国はこんな嘘をつく」第2回小さ
な勉強会(2015.9.12(土)、諏訪市公民館))で
日本会議のことを語りました。
 やまねこ通信バックナンバーを訪問してください。
 @@@やまねこ通信331号@@@(15/8/24
敗戦を否認する「日本会議」が安倍政権の影の戦
略室か?「生長の家」に始まる歴史

▲第3次安倍改造内閣の構成メンバーは安倍首相、菅
官房長官等「日本会議」所属75%。
高市早苗、稲田朋美、丸川珠代、山谷えり子等、男女
共同参画反対の女たちも「日本会議」。
百田尚樹・作家、百地章・憲法学、石原慎太郎等。

日本会議の目的って何?
明治憲法に回帰し、戦争が出来る国にすること。それ
を「美しい日本」と呼んでいます。

「日本会議」の活動とは?
1 安倍政権の政策すべて。
2 自民党改憲法案の早期実現の署名活動。組織的大衆
    運動を展開。
3 憲法女性の会、「女性の集まる憲法おしゃべ
りカフェ」などを開催。

その政策とは?
戦争が出来る国にするために、男女平等を廃止し、
女は男の補助に。
「男は男らしく育てよう」  「女は男を支えるように
  しなさい」。
男女平等を訴えるジェンダー差別撤廃バッシングが200
0年代にひどくなっていたのだった。

自民党改憲草案24条「家族は社会の自然かつ
基礎的単位として、尊重される。家族は互いに助
け合わねばならない」。
この項目の先取りがすでに実行されている!

▲高市早苗、稲田朋美、丸川珠代、山谷えり子等の閣僚
経験者たちは、揃いも揃って、選択的夫婦別姓に反対。
男女共同参画に反対の者たちも。

ところが、以上の女たちのほぼ全員が、結婚して夫の戸
籍名を持ちながら、父の名旧姓で公職についています。
つまり、選択的夫婦別姓を実行しているのです。

ところが職業について、結婚したら改姓を強いられる女た
ちの不便さに対して、想像力がないって何?

そればかりではない。「日本会議」の目的は、大日本帝国
の明治憲法を復活することである。ところで、明治憲法下
では、女性に参政権がなかったのだ。国会議員に立候補し
て大臣になるどころか、投票権もなかったのだ。
安倍政権を支えるこの女たち、何考えてるの?

▲このことが不思議で仕方なかったやまねこだが。昨日、
ようやくある考えが思い浮かんだ。

こういうことだ。
日本国憲法に基本的人権が保障されている。これはすべて
の国民に与えられた人権だ。

ところが、「日本会議」のメンバーたちは、国民すべての
基本的人権に対して無知なのだと思う。
無知というより、頭にも身体にもその実感がゼロなのだ。

▲安倍麻生ら、勤労者の暮しに盲目な者たち。
国民を「票田」としか見ない者たちが支配の中枢にいる内
閣。二世議員50%の内閣。選挙運動さえ自分でする必要
のない23世議員たちは何を考えているのか?

自分が住む住宅を買うために、なん十年もの住宅ローンを
支払う勤労者の暮し。月給日前には小遣いを減らし、昼食
を安くあげる人々の財布。こんんな経験はゼロである。

暮らしを何とかしようと、勤労時間の後に組合やさまざま
な活動をして希望を明日につなげる人々。このことで、こ
の国の人権、さらに環境が守られてきたのだが・・・

ところで、菅官房長官は、法政大学の夜間部2部を卒業して
いる。それに内閣には「学歴エリート、官僚経験者」がいる。
すべての閣僚が安倍麻生らと同様の特権階級出身ではない。
ところが中枢にすりよるためには、同調の圧力がかけられ、
それに従属することで今の地位を得ている利益共同体の仲間
たち。

▲安倍麻生とその仲間はこう思う。
この国は、一部の特権階級の者たちが好きなように支配すれ
ばいい。その道具として「国民」の票、財産、さらにいのち
を、思うように利用していい。

「国民」は平等ではない。基本的人権などは国民にはない。
富による階層の二極分化を、そのまま政治の世界にもって来
ればいい。

勤労する中で、夫婦別姓で苦労してる国民の女たちはどうで
もいい。家族が分断される懸念で反対すればいい。「家族が
大事」という自民党の改憲に結びつく政策が優位なのは言う
までもないことだ。

徴兵制をしいても、経済的徴兵制、つまり非正規の不安定雇
用と貧困の中に勤労者を宙吊りにし、ある段階で、公務員の
正規雇用をエサに、軍隊に働き盛りを取り込む制度。その準
備段階だから、派遣労働が改善される予定はないという現在
の経済軍事政策をしいても、自分や自分の子どもたち孫たち
がその網の目に掛かる心配はない。

▲生涯勤労して貧困の中で暮らす者たちと、父祖の富、ある
いは「学歴エリート官僚経験」の特権の上に居座る者たちの
格差社会。

共謀罪であれ何であれ、どんな過酷な法律を通そうが、自分
たちが対象になることはない。

「守られている自分たち」と「貧乏で頭悪いあいつら」。
英雄気取りで共謀罪の委員会通過のきっかけを作った維新の
会の丸山穂高なる男性の行動に、このような思考が透けて見
えるとやまねこは考えるものです。彼らのホンネです。

「基本的人権なんか、生活保護ともに、ゴミ箱に放り込めばい
いんだ!」

こり:こうなったら、選挙で落とすしかないね。
   いつまでも続くと思うなよ!


1000人委員会すわの集会、得るものがあるあってよか
ったとの声が伝えられています。
皆さん、またお会いしましょう。
こういちさん、みちこさん、かやのさん、
どうも、ありがとうございました。


こりでした。
うらおもて・やまねこでした。


2017年5月17日水曜日

やまねこ通信383号:憲法この70年、「生きづらい」社会を変えるには「改憲」が必要?! トンデモ発言の若者たち・・・

@@@やまねこ通信383号@@@

憲法この70年、「生きづらい」社会を変えるには「改憲」が必要?! トンデモ発言の若者たち・・・


憲法制定後この70年、憲法は分岐点に立っている。
こうして始まるN特「憲法70年の潮流――その時、
人々は――」(1753日放送)。番組は「平和
憲法実現派」と「改憲派」のふたつの立場に視点
を定めて憲法の70年間を描いています。

注目に値するのは、70年80年代の豊かな時代
には鳴りを潜めていた「改憲」論が、2000年
湾岸戦争への多国籍軍支援を巡って語られるよう
になったこと。
さらに、安倍政権の後楯「日本会議」の「改憲」
運動、若者の取り込みの影響と見られる現象が登
場していることです。

驚くなかれ!今日の社会のひずみが、憲法「改正」
ですべて消失するかのように、語る若者たちもいま
す。「憲法改正」がさながら、「世直し」でもある
かのように。

▲国民主権、基本的人権の尊重、戦争の放棄(平和
主義)を謳った憲法は、戦後、どのように議論され
てきたのか?箇条書きで追跡してゆこう。

こり:走り読みしてくださいね。

憲法は施行直後から改正論議が行われ、中曽根康弘
が主導。GHQ占領下で成立したことを問題視。「自主
憲法を作れ」。天皇制の下の国民共同体を主張。

1950年:朝鮮戦争:改正必要47%。 反対17
    戦力を持たぬことの不安が理由。
1955年:自民党結党。党是「現行憲法の自主的改正」。
岸信介、憲法調査会を作り憲法の再検討。

憲法9条に対して「理想ではなく空想。平和と幸福を
守る意思がない」との批判も。
改憲支持者は旧軍人、神社関係者など戦前の有力者た
ちだった。

▲「護憲派」は江田五月氏(元参議院議長、社会党民
進党)の語り。戦中派の江田氏は語ります。
「憲法を守りたい。戦前の教育勅語を知っていた。命
は国のためではなく、ひとりひとりが大切」。

憲法擁護国民連合。主婦連、新聞協会、労組、130超え
る団体が参加。地方に1万人送り込み護憲運動を全国に
展開。

憲法の理念を9条に集約する。
社会党副書記長曾我祐次。戦争を放棄、交戦権を認めな
い。「戦争体験、原爆体験。二度としてはならない」。
戦争の記憶が護憲運動につながった。

戦後56年で朝鮮戦争開始。
鈴木茂三郎:「再軍備をさせない」。
ところが9条に絞ったことで論議が硬直化した。
社会党がよりよい憲法の狙いで改憲論を党の機関紙に掲
載したことも。しかし自民党の憲法調査会で取り上げら
れた。社会党のぶれが改憲論者から批判され社会党はそ
の後撤回。9条=自衛隊の違憲、非武装中立とする。

1960年安保闘争。30万人国会包囲し岸内閣総辞職。9条
だけが焦点になり議論が衰退。国民の中の論議が乏しく
なった。
江田氏:「理想の体現である憲法だったが、それが自分
のものになっていない。不毛な政治的対立の道具に」。

▲緩流:経済成長の時代:
1962年:改正必要と不要は拮抗。時代は経済成長最優先。
75年から調査なし。
1968年:GNP世界2位「東洋の奇跡」。「改正」を言葉に
するだけで、倉石大農相がクビ。「豊かな時代」。

1970年:三島事件。改正を掲げ、自衛隊に決起を呼び
かけ。「日本を守るとは、天皇を中心とする・・・」そ
の後、割腹自殺。人々は冷静だった。

「日本会議」の発生。明治憲法擁護  
三島事件に強く共鳴した若者たち「日本青年協議会」。
新左翼に対抗。2000年代、改憲運動全国展開「日本会議」
の幹部に。機関誌「祖国と青年」。「昭和の志士たらねば
ならない」。椛島有三ら。
「日本会議」政策委員:百地章:「三島が代弁してくれた。
継いでゆきたい。明治憲法が日本にふさわしい。現行憲法
破棄をめざす」。
梶山和泰「支持者が少数だった。支持者は発言しなかった。
9条が広く浸透していた」。
1975年:自民党本部に1500人「憲法破棄」運動。しかし自
民党から非難され破棄を取り下げる。

▲自民党は:「自主憲法は時代遅れ」とみなす。
1975年憲法改正の機運なし。9条の理念が浸透。
河野洋平「自民党の改憲党是取り下げの議論も。国連で認
められている。もっとやるべきことが他にある」。「自主
憲法は時代遅れ」。

1982:改憲派の中曽根総理誕生。国民の声「右翼は嫌だ」。
中曽根が改憲に言及するか注目を浴びた。2017年中曽根発言
「改憲の重要性は国民の心の中にはあった。国民がまだ躊躇
していた」。
1992:18年ぶりに改憲調査:「必要ない」が「必要ある」
を上回っていた。

▲対流の発生。
湾岸戦争勃発。イラクがクウェート侵攻。自衛隊海外派兵が
話題に。参加しないでいることに批判。
改憲調査:93年:「必要ある」が増大し拮抗。
PKOに初参加。自衛隊の海外活動に肯定的な意見が増大。
「自衛隊の存在は大切」。
「国際社会に参加するには改憲が必要」との議論が高まり、
9条を議論するタブーが消える。
 
▲米国の日本に対する思惑、国務省秘密文書が明るみに。
「湾岸危機は、日本が自衛以外の責任を一切果たさなくて
いいのかと問うている。米国の国益のために日本社会の不
安を利用する。そうすれば日本政府から軍事的支援を引き
出せる可能性がある」。

9条の制約がある中「財政だけでなく、人的支援をせよ」
と国際社会。(ここで国際社会というのは、西側米国中心
の多国籍軍のことである)。
しかし「日本市民の間では、平和憲法や、軍事活動には参
加しないことを肯定する声が強い。」
 
国際社会からの要請:国連のガリ事務総長は重装備でのPK
O参加を各国に求めた。当時の河野洋平官房長官はこれを断
る。ガリは憲法改正を促す。
宮澤首相「できるだけの貢献をする。けれど憲法の規定は越
えられない。日本があの戦後、国を立て直してここまできた。
そこには9条、不戦の誓いがあった。多くの国の信頼を勝ち
得ている」。
山崎拓(憲法改正派)「国民は9条改正を望まない」。

▲激流、2000年~現在。
改憲派が増大する。
2002年 改憲必要58%、必要ない23%。「時代が変わって対
応できない」が改憲必要の8割。

2001同時多発テロ、イラク戦争。非正規雇用の増大。格差貧
困表面化、家族をめぐる問題、イジメ、虐待が多発するよう
になり、30代、20代の現役世代が、改憲の必要を感じる。
20052010も同様に、改憲必要が上回る。

なぜ、若い世代に?
「憲法トークライブ」に出席した若者たち:
「ネットで知識を得ていると、職場、家庭とは違和感があり、
改憲の考えに変化。旧態依然ではなくしたい」
「地震などがある。(日本人は)何も考えていなさすぎる」

★「日本会議」が若い世代の考えに合わせ拡大:自民党をか
つて糾弾したメンバー。椛島有三事務総長。4万人余、250
支部。「天皇陛下万歳」と叫ぶ人々。
その指南書『新憲法のすすめ』は「国家の基盤は家族。国家
あっての人権」を主張。

「日本会議」:百地:「国家は権力ではなく共同体」。メン
バーは「改憲」署名活動をしている。

若い参加者:「生きづらさ」の解消のため「改憲」が必要。
「生活を立て直すため憲法改正を」。

仏書御念会教団は日本会議に所属。:「日本を立て直す」。
「家族の大切さを知らない子どもたちが増えている。日本の
良さを伝えず知らないままに子どもが育つ。憲法を変えるこ
とできっかけに」。「改憲できっかけを」。「生活を守るた
めに国家が強くあって欲しい」。保育園の園長に勧められて
出席。「日本が良い国に・・・」。

▲一方、若者の新しい動きが2015年に始まった。
社会の行き詰まりは「憲法が理念を実現しない政治が問題だ!
憲法は個人を縛るものではなく、国家権力を縛るもの」。
「立憲主義を大切に」とシールズ。
「今の憲法を実現して欲しい。25条が生活を守るのだから」。

9条改憲反対が、賛成の2倍に逆転。
2017年:改憲43% 必要なし34% 
9条 25% 必要なし57%

この70年、社会は大きく変貌し憲法は分岐点に。
保岡興治(自民党改憲推進本部長):「民主主義は定着、し
かし日本の伝統文化を失っていいか?」

民進党:江田五月。「憲法を生かすことが大切。日本の民主
主義の脆弱性。現実はこんなに惨めなんだ。憲法を現実にせ
よ」。(了)


▲番組の後に。
安倍首相が支援団体「日本会議」の集会にビデオレターを出
す。さらに読売新聞インタビューで、改憲を初めて語った。
自衛隊を9条の3項に盛り込むというもの。

国会論議を軽視。国会での野党質問に対し、「読売新聞を熟
読してください」と答弁し、非難を受けている。

自民党の憲法調査会委員長船田元も、党内では語られたこと
のない自衛隊加憲。首相はもっと慎重であってほしいとブロ
グで批判。

自民党内でも安倍首相は批判の的、求心力を喪失。安倍首相
が「改憲」を叫ぶたび、「改憲」反対の人々が増大すると言
われている。

こり:長いブログになりました。皆さんお疲れさま。けれど、
   どんな経過をたどってきたのか、やはり押さえておき
    たいもんね。

若者たちの「生きづらさ」がどこから生まれてくるのか。
解決するには現在の憲法をしっかり実現すればいいこと。
だから「改憲」は必要ではないこと。
こんなことを、語ってゆきたいと思います。


こりでした。
うらおもて・やまねこでした。


2017年5月13日土曜日

やまねこ通信382号:憲法って面白い。「好き、嫌い」 「変える、変えない」の前に読んでみようね!

@@@やまねこ通信382号@@@
憲法って面白い。「好き、嫌い」
「変える、変えない」の前に、読んでおこうね!

こり:ゆうべの投稿は夜12時過ぎてたね。
   改憲派の人々に読んでもらいたいな~
やまねこ通信は、「書く事に意義」あり
かもしれないけれど。

N特・憲法70年「“平和国家”はこうして生ま
れた」(43日午後9時~9時45分)の続編。

前回に続いて本番に行こう。
▲敗戦翌年「戦争放棄の条文がどうやって生まれ
たのか?」
1946年(21年):元日、人間宣言。神格否定。
GHQは、平和に向かう日本の国を注視していた。

米国立公文書館、米陸軍撮影のアルバムを所蔵。
学習院の授業風景、初等科6年、昭仁の「平和国家
建設」書き初め写真も。

このアルバムが示すのは、「平和国家の理念が日
に広がりつつあることをアメリカは把握していた」
こと。

一方、天皇の戦争責任を追求する考えが国際社会
あった。
これを受けて、幣原首相マッカーサー訪問、3時
通訳抜きで。
幣原友人が書き残した「羽室メモ」は語る。

幣原「どうしても天皇制を維持したい。協力してくれ
   るか」
マッカーサー「一発の銃声もなく一滴の血も流さずに
   進駐できたのは、まったく天皇の力によるとこ
   ろが大きい」
幣原「戦争を放棄するということを、はっきり世界に
   声明すること。それだけが日本を信用してもら
   える唯一のほこりとなる事じゃないだろうか」。

幣原は「戦争の放棄」を提案。二人は大いに共鳴した。
幣原の提案はふたつ。天皇制の維持、戦争の放棄であ
った。

幣原の孫「天皇を守りたい。天皇は平和主義だと知っ
    ていた」。

だから幣原は「国民が子々孫々、その総意に反して戦争
の渦中に引き込まれること、がなきよう」と念じていた。
憲法改正調査会でも同じ考えの憲法学者がいた。

宮沢俊義:「潔く裸になって平和国家としてやってゆく」。

宮沢は明治憲法の軍の規定を定めた項目を全面的に削除
すべきと主張。過去の日本を滅ぼしたのは軍国主義。

すると、「軍の規定を残置すべき」との主張とぶつかる。
反対したのは国務大臣・松本烝治。法曹界の権力者。明
治憲法の改憲に消極的。反論しにくい相手だった。

▲こうして議論が進まない中、松本案を毎日新聞公開。
新聞を見たマッカーサー「極めて保守的」と驚く。

マッカーサーは憲法制定の決意を固めた。
極東委員会(米、ソ、中など11カ国)の開始が迫ってい
た。ソ、オーストラリアは天皇制に厳しい立場だった。

1946年2月3日
新憲法の原理を示す、マッカーサーノート。
憲法9条の原型、戦争の廃止。戦力の不保持、交戦権の
否認を打ち出す。

さらに自衛戦争を否定。マッカーサーはGHQ民政局に1
間で憲法を作成するように命じた。

チャールズ・ケーディスが自衛戦争の条項を削除。「自
衛権はどの国も所持。攻撃されたら自分で守る権利を否
定するのは非現実的だと思った」。
そうして「武力による威嚇または武力の行使は永久に放
棄する」を加えた。これにより侵略戦争を明確に否定し
た。

GHQ草案2月19日成立。多くの人権規定が盛り込まれ、
天皇は象徴。

ケーディス「マッカーサー元帥は、天皇制に対する連合
国の批判に耐え切れなくなるかもしれない。しかし我々
の草案の基本原則を受け入れれば天皇の身は安泰になる
であろう。

逆に日本政府が拒否すれば、マッカーサー元帥はこの草
案を日本国民に公表し、国民投票にかけることを決意さ
れました」。

この結果、日本政府はGHQ草案を承認。
条文の検討が行われ政府による政府による改革草案が進
められることに。

4月戦後初の総選挙:吉田茂首相就任。
衆議院での審議が始まろうとしていた。

▲これまでのまとめ:
GHQ草案をもとに、帝国憲法改正案が作られた。
第9条のもとになった文。「戦争の放棄」はGHQ
によって決められた。
ケーディス「武力による威嚇又は武力の行使は」を追加。
国連憲章からの引用である。

9条「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を
誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇
又は武力の行使は、国際扮装を解決する手段としては、
永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。

▲ところが、GHQ草案には、「日本国民は、正義と秩序を
基調とする国際平和を誠実に希求し」との文言はなかっ
た。どうして書き加えられたのか?

衆議院の「憲法小委員会」で、国会議員が1ヶ月熱い議論。
7月25日。出入りが厳しい秘密会。
各政党から法律専門家の14人の議員が参加。
この議論の中身は、戦後50年間封印されていた。

日本人の手で多くの条文が追加、修正されたことが明ら
かに。第25条、生存権、26条義務教育中学まで延長、
9条に「平和を愛好する」が追加。
日本社会党の鈴木義男(後に司法大臣)が提案。日本進
歩党、犬養健も「戦争はいかんとの言葉を」との発言。

鈴木義男はヨーロッパとアメリカに留学経験あり、第一
次大戦を経験。国際連盟の設立。国際協調の思想の体現
者だった。

しかし帰国後の日本は軍国主義に向かっていた。
東北帝国大学教授だった鈴木は「軍事教練は殺人訓練で
ある」として反対。教授を辞職し弁護士になり治安維持
法に問われた人々を弁護するように。

1931年満州事変。国際連盟脱退。
再度の世界大戦。太平洋戦争では、日本人だけで310
万人が犠牲に。

戦後鈴木義男は国会議員となる。
「第二次世界大戦の反省から国際連合ができた新しい平
和維持の構想の中に、9条を積極的に位置づけてゆく。
日本人自身の問題として、戦争を二度と繰り返さない制
度を作らないといけない」。
(孫の由井大三郎語る)。

「戦争はイヤだ」との消極的反論ではない。積極的に平
和を提案しようとの鈴木義男の提案を「憲法問題委員会」
芦田均委員長が受けとめる。
芦田は外交官出身、リベラルな政治家として知られていた。

▲「外務省の資料」を芦田は取り上げる。
外務省は憲法の修正がどんな国際的影響を及ぼすかを考察
し、注意を伝えた。
「国際法規は憲法と共に尊重するように」。
条約局長萩原徹が資料作成した資料だった。
国際連盟脱退の日本外交を「ドンキホーテ式外交」とみな
し日本の伝統的外交を破壊したと考えた。

ナレーション「新日本は国際秩序の中にのみ存在しうる。
外務省の萩原は新しい憲法で、日本を国際秩序の中に位置
づけたいと考えていました」。

▲結果、「条約、国際放棄、これを誠実に遵守する」。98
条の第二項が追加される。
「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これ
を誠実に遵守することを必要とする」。

芦田委員長がこれを9条の修正に生かそうとする。各党の
委員が争うように提案。森戸辰男も。

芦田のもとに「平和維持のために努力する」「恒久平和の
愛好者として・・」など各党から条文の提案が次々。これ
をまとめて日本国憲法の「平和主義」が誕生した。

歴史学者、古関彰一:
政府も国会議員も、「しようがないから戦争やめようでは
なく、積極的な意味をいれたい。そこではみんな一致した」

▲まとめ:こうして9条が誕生した。
第9条:「冒頭の条文は衆議院の委員会で決めた。鈴木義
男、外務省の提案、14人の国会議員が党派を超えて議論
の末に生み出したことが新たな資料から明らかになった。

戦後、国際連合へと歩き始めた世界の動きを見据え、日本
が積極的に平和を担おうとする考えから生れたもの。

こうして誕生した平和国家、そこには先の大戦への反省の
念が込められていた。

昭和21年11月3日憲法公布。
14人の国会議員の党派を超えた議論。日本が積極的に平
和を作る。多数の死者を出した先の戦争への反省の念がこ
もっている。

鈴木義男『新憲法読本』
「憲法の一大特徴は、平和主義、国際協調主義を根本とし
ている。今後、われわれは国を立て直すことになったので
あって、これは世界の憲法史上、画期的なものである」

敗戦の焼け跡から平和国家として歩み始めた日本。 
日本国憲法は今年施行から70年を迎える。

これで「NHK特集憲法70年「“平和国家”はこうして生
まれた」(43日午後9時~9時45分)の書き下ろし
紹介を終わります。

▲この番組で日本国憲法の成立過程を丁寧に見てゆくと、
GHQの一週間」の前にも後にも、憲法の柱と文言作成に、
多数の日本人が加わったことがわかるよね。

「押付け憲法論」が、どれほど、歴史に対する無知から生
まれたものかがハッキリする。
同時に、国会開会の「天皇の勅語」がもっと早く公開され
たらよかったと思う。

むしろ「改憲」を促す勢力が内閣の15/17を占めるように
なったことが、憲法研究を促してるかもしれない。

いずれにしても、昭和天皇裕仁の役割が大きかったことが、
一層明らかになった。『天皇実録』公開の成果だよね。

この番組が明らかにした事実を踏まえて、「改憲派」の発
言が、今後どう変化するんだろうと思うよ!

ところが、とんでもない方向に目下、進んでいるのだ・・・
次回は「日本国憲法70年の潮流―その時 人々は――
(47年5月3日放送)を紹介します。

こり:憲法についての関心が高まるといいね。

こりちゃん、その通りだよ。そのこととに尽きるんだ。
自分が知らないものに対して、「好き」も「嫌い」もない。
「変える」も「変えない」もないもんね!


こりでした。(長くてm(_ _)m
うらおもて・やまねこでした。