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2015年9月5日土曜日

やまねこ通信336号:9.11同時多発テロ翌日の沖縄は殺気立っていた!集団的自衛権行使後の日本を想像するために


@@@やまねこ通信336号@@@

.11同時多発テロ翌日の沖縄は殺気立っていた!集団的自衛権行使後の日本を想像するために

米国の中心部を襲った「同時多発テロ」は21世紀の初め、
2001年9月11日に起こった、ニューヨーク世界貿易
センターのツインビルに航空機が2機衝突し、超高層の全
体があっというまに崩壊した。さらにペンタゴンなど4ヶ
所にも航空機が墜落。9.11事件と呼ばれ、14年が過ぎ
ている。米国は報復と称してその後アフガニスタン紛争、
イラク戦争を開始。この報復戦争は大義なき戦争だったこ
とが米国内で明らかにされている。

▲米国を襲ったこの9.11事件の後、沖縄で何が起こった
のだろう?交戦中の米軍の戦闘機が発着する沖縄。日本の
主権が及ばない沖縄。県民の頭越しに米国の意志と日本国
の追随が頭上を行き交う沖縄。この沖縄の9.11以後にい
ったい何が起きたのか?

▲「9.11の後の沖縄が大変だったんです。その話をしたく
て・・・」
上伊那の宮田村村民会館での「1000人委員会集会」が終わ
ったあとだった。トークを終えたやまねこが帰り支度をし
ていると、ステージの下から話しかける声。息せきって声
をしぼりだし熱心に語るのは30代の女性だった。ステー
ジに上がってもらい、耳を傾けた。広い講堂の片隅で、聞
いたことのない話が断片的に耳に入ってくる。

「わたし、那覇に住んでいたんです。9.11の翌日、スク
ールバスが基地のゲート前で止められて。
銃を持った米軍兵士が、子どもたちの荷物検査するんです。
学校カバンのフタを開いて中を点検するんです。
障害をもった子どもたちのスクールバスも同じなんです。
その子たちが危険なもの持ってるわけがないのに。基地の
ゲートがあるたびに、その前で何度も何度も同じ検査すん
です。だから車が動かなくて渋滞して道路が埋まってしま
って。
結局朝8時半に学校に行くはずのバスが、遅れに遅れて、
3時半頃にようやく到着して」

一度聞いても、なかなか飲み込めない。数字の似通った9.
11と3.11をやまねこは取り違えもした。
7月26日諏訪市公民館での1000人委員会「小さい勉
強会」が行われた。その折に、諏訪湖畔のカフェでりえさ
んからゆっくり話を聞いた。そこでようやく9.11事件後
の沖縄に起こった事態の、何が問題だったかを了解すること
ができた。

▲同時多発テロは、米国の中枢部がテロの標的になって襲撃
された事件。米国国内にどんな緊張が走ったのか、それは想
像に余ることだ。けれど、その翌日、沖縄の米軍基地周辺で
何が起こったのか、沖縄県民がどんな扱いを受けたのかが分
かれば、米国の軍隊が何を考え、どんな態勢を組んだのかが
見えるのではないか。

沖縄県の米軍基地は、その日、県民の人権に対する配慮もなく、
ゲート付近を通りかかる人々に銃を持った兵士がひとりひとり
の所持品を検査した。何のためだろう?那覇市民をひとり残ら
ずテロ事件の容疑者として扱ったのではないだろうか?その危
機感に米国、米軍が襲われたのではないだろうか?
戒厳令下に近い状態だったのではなかっただろうか。

▲9.11後に那覇市の基地周辺がどんな様子だったかを知る
ことは、将来、万一集団的自衛権が行使される日に、日本国内
にどんな緊張が走るのかを想像することにつながるだろう。
米軍と同一の立場を取ることを日本国が宣言すれば、米国が目
下、交戦状態であるイスラム諸国から米国と同一視される。米
国が攻撃を受ければ、この国の基地も同じ攻撃に備えて緊張に
さらされるだろう。
これこそ、この国のひとりでも多くの人々が、安倍政権の「安
保法案」採決の前に知っておくべきことではないか!
こうやまねこは理解した。

.11の那覇の<戒厳令>もどき。これは12日からりえさん
が本土に戻った21日までそのままだった。
「なんとかして、大勢の人に聞いてもらいたくて。沖縄でどんな
ことが起きているのか」
りえさんの思いはこの言葉に尽きていた。
この思いに押されて、やまねこはリサーチを開始した。

▲さて、どうやって調べるといいのか。知る人のいない土地の、
終わってしまった事件。
グーグルで「沖縄9.11」「同時多発テロ 沖縄」などのキーワー
ドで検索したが、ヒット件数ゼロである。

8月に入り、沖縄県庁に電話で尋ねた。何らかの事情を把握して
いないかだろうか。学校が事実上休校になったことが記録されて
いないだろうか。学校関連の担当者に聞いたところ、ほとんど記
憶していないこと。部内にも「事件」を記憶する者がいないこと。
その後の調査結果では、9.12以後に学校が休みになった記録は
ないとの返事が来た。ただその直前、大きな台風に見舞われ、学
校が休校になったという。

▲やはり新聞社に聞くのがいい。まず「沖縄タイムズ」に電話し
て記事の検索を依頼した。見つかった記事2点をコピーして郵送
してもらった。

2001年9月12日(水)夕刊、7面掲載記事。
「殺気立つ県内基地 車両など厳重チェック」

[中部]米軍嘉手納基地のゲートでは、この日朝から、バリケード
を設置。近づく車両すべてをチェック。反射鏡を使って各車両の
下を調べるなど厳重に警戒。記者の質問にも一切答えない。基地
内や周辺道路にYナンバー車両は見られない。具志川市のキャンプ・
コートニーのゲートでも、出入り口双方にバリケードを敷き、銃
を携帯した兵士など迷彩服姿の六人が基地内に入る車両を厳重に
チェックしている。

 強襲揚陸艦が寄港する勝連町のホワイトビーチのゲートでは、
自衛隊と米軍がそれぞれ警備している。
 宜野湾市の在沖米海兵隊普天間航空基地は三か所のゲートのう
ち、開放されているのは野高の第三ゲートだけ。迷彩服姿の四、
五人の兵士が、出入りする車両の舌を覗き込むなど入念な検問を
実施している。

 午前十時過ぎには、海兵隊員を運ぶ強襲揚陸艦エセックスが佐
世保から緊急出港した。沖縄に向かうとみられる。乗組員の一人
は「約千人の乗組員は、深夜のうちに非常呼集がかかった」と話
していた。揚陸艦ジュノーも出稿準備を進めているという。

もう一点、9月21日(金)社会 26面掲載の記事である。
「米報復準備 県民生活を直撃 観光キャンセル、貨物遅延」

米中枢同時テロから十日。米軍の報復への動きが高まるにつれ、
県内の米軍基地周辺が緊迫度を増している。「演習は激しくなっ
ているし、みんなナーバスだ」とキャンプ・ハンセンで歩哨に立
つ米兵。一方、報復への波及を懸念して観光バスのキャンセルが
相次ぎ、航空貨物の遅れも目立つ。住民生活への影響も広がって
いる。

「観光バス」修学旅行や団体旅行のキャンセルが後を絶たない。
本島六社が二十日現在で把握しているだけで、少なくとも四十件、
千三百人分の予約が取り消された。修学旅行シーズン直前の中止
続発に、ある会社は「残された機関で空いたバスを埋めるのは厳
しい」とため息。旅行会社などの要請で、キャンセル料も取れな
い「泣きっ面にハチ」の状態。

「航空貨物」国内の航空各社は国土交通省の指示に基づき、預か
った貨物を二十四時間、保管させた後に航空機に積む措置を取っ
ており、県内で受注・発送される宅配便は、配達日が通常期より
一日おくれとなっている。補完措置の対象は、中身が顧客立ち会
いの確認ができなかった貨物。沖縄ヤマト運輸の下地潤一サービ
スセンター長は、「利用者に措置が知れ渡っておらず、荷主や送
り主からの問い合わせが殺到している」と困惑。

「基地従業員」海兵隊基地に勤務する男性(37)は「毎朝、バ
ッグだけでなく、車のボンネットなで開けられる。車の防錆用電
動ランプが不審がられ、ゲートで一時間半も足止めされた」と話
す。ゲート前で警備する米兵はテロ前の二、三倍に増えた。「銃
を構えた兵隊もいるので誤射があったらと思うと怖い」と不安が
る。全駐労の玉城清委員長は「今後、現場の警備職が兵士同様に
拳銃を携帯させられるなど、事件・事故に巻き込まれる可能性が
出てこないかと心配だ」と話した。

「演習場」金武町のキャンプ・ハンセンの第一ゲート前。二十日
M16小銃で武装した五人の米兵が歩道に出て、一台一台厳しく検
問していた。別のゲートでフェンス外から写真撮影しようとすると、
「何をするんだ」と、十数人の米兵が両手で大きく制止のポーズを
とった。

 同演習場の都市型訓練施設の入り口では、厳しい口調で命令を
下す声が響く。歩哨の米海兵隊員は「訓練は厳しくなっている。
沖縄からアフガニスタンに行く兵隊もいるだろうし、ナーバスに
なっている者もいる」と険しい表情だ。
(以上引用終り)

▲以上の記事で、9.11後、沖縄では戒厳令さながら、日常生活
が破壊された状況が分かった。どれほど時間をかけた検問が米兵に
よってなされたのか。人々がどんな緊張にさらされたのか。観光産
業、人々の日常の暮らしがどんな打撃を受けたかが、細かく書かれ
ている。

細部のすみずみまで読んで、沖縄の痛みを共有したい。
こう考えて、記事を掲載しました。

▲沖縄には「沖縄タイムズ」と「琉球新報」の2紙があります。編
方針にはそれほど大きな違いがないと、沖縄滞在から戻ったM坂さ
んから聞きました。

自民党「文化芸術懇談会」(?!)の若手議員を前に安倍晋三のお
友だち百田というスキンヘッドの作家が「つぶれてもらわねば」と
語ったのが、この二紙です。この二つの新聞は、それほどにも立派
で、ぜったいに「つぶれてほしくない新聞」であることが、今回て
いねいに読んだ結果、理解できたとやまねこは思います。

次回は、「琉球新報」のさらに詳しい報道を、お知らせします。

りえさん、時間が掛かり、掲載が遅くなってごめんなさい。



うらおもて・やまねこでした。





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